なのにブログ

詩、エッセー、すきなもの思ったことを書く

色の知識がない

例えばさ

こーんな青でピンクで

グラデーションになってて

 

目の前に見る空の色はいつも

絵の具で表現したくなる

 

でも色の知識がないために

たぶんできないだろうなと諦めてしまう

 

好きな空の色を自由に

自分で生み出せたらなんて素敵だろう

 

ひとつと同じ空の色がないように

私だけの空を表現したくなる

私の人生

私の両親は大学に行けとか結婚しろとか孫の顔が見たいとか、そういう凡庸なことを言わない人たちで、なんだかとてもかっこいいと思った。

 

私の母に至っては、「夫や子供のために生きている人ってアホちゃうか。と思う」と言ってて、私の母は確かに自由だし家庭なんかのために自分を犠牲にする人ではないしかっこいいと思った。

 

そんな両親がいるにも関わらず私はいつのまにか護りの体制に入ってて世間の価値観に踊らされていたし、そんな両親に育てられたのだからきっと今更、凡庸な人生は送れないのだと悟った。

 

周りが明らかに凡庸な人生を送っていて、私も彼女たちが無理に着飾った幸せを見せつけてくるたびに、それに翻弄されて劣等感を感じていたけれど、でも私の人生は自由だし自分の生きたいように生きようと思った。

 

今日、私の父はわたしにいった。

 

結婚なんてするなよ、やりたいことをやって自由な人生を生きなさいって。

なりきる親

はいはいはい

みたいな

呆れることが愛みたいな

そういう自分のための愛を

小さき物に投影する

子供みたいな大人が嫌い

 

大人になりきれてないその人は

そうやって自分を大人に見せようとする

 

なんて

なんて未熟者

 

なんて

なんて卑怯者

 

これみよがしの呆れる態度

安物の詩

最近流行りの詩や言葉

「死」という言葉が

簡単にたくさん使われている詩たち

 

死という言葉を使えば

どんな詩も今風にそれらしくなって

それらしいことを言っている風になって

 

金額にして18円ってところじゃない?

本当の死を目前にしたことのない人の

それっぽく死を語る言葉って。

本当の世界

世界はもっと成熟していると思ってた

世界はもっと広いと思っていた

 

そんな世界=社会

 

お金さえ払えば行ける大学

本を読んで傾向をつかめばとれる資格

 

そんなもので世界は簡単に人を

信じているものだとは思わなかった

中学生の私

 

夢とか信念とか

持たない方が上手く生きていけるように

なっているみたいだ